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福島地方裁判所郡山支部 昭和31年(わ)71号 判決

被告人 七海孝由

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、被告人は、

第一、昭和二十四年四月から同二十五年五月三十一日迄田村郡文珠村農業協同組合常務理事として同組合における金銭出納保管事務を掌理していたものであるが、同村大字[米共]田字馬場平百三十二番地の右事務所において、自己の事業資金及び生活費に充てる目的で、擅に業務上保管中の組合所有現金中から、

(一)  昭和二十五年四月十七日   四七、五〇〇円

(二)  同         日   一九、五八四円

(三)  同    年五月二十四日  四〇、〇〇〇円

(四)  同    年同月二十七日 一〇〇、〇〇〇円

を夫々自己に対する貸付金という名目で引出して着服し、

第二、更に常務理事辞任後前同様目的で当時金銭出納保管事務を担当していた同組合会計係員遠藤六重と共謀し、右事務所において、擅に同人が業務上保管中の組合所有現金中から、

(一)  昭和二十五年七月三十一日 九五、三〇〇円

(二)  同    年八月三日  一〇〇、〇〇〇円

(三)  同    年同月十六日 一〇〇、〇〇〇円

(四)  同    年同月十八日 一〇〇、〇〇〇円

(五)  同    年同月同日   四〇、〇〇〇円

(六)  同    年同月二十三日 一八、〇〇〇円

(七)  同    年同月三十一日 二〇、〇〇〇円

(八)  同    年九月一日   四二、〇〇〇円

(九)  同    年同月四日    七、〇〇〇円

(十)  同    年十二月十八日 二〇、〇〇〇円

を夫々前同様方法で引出して着服し、

以て横領したものである、というのである。

よつて審按するに、

一、被告人が昭和二十四年四月頃から同二十五年五月末までの間右組合の常務理事であつたことは、被告人の当公判廷における供述によつて之を認めることが出来る。

二、証人佐藤厚見の供述、第三回公判調書中証人白石昂、第五回公判調書中証人佐藤明雄の各供述記載を綜合すると、同組合においては経営次第に不振に陥り昭和二十九年六月頃関係各監督機関に依頼して組合資産について調査したところ使途不明の金員約三百七十万円に達したことが認められる。

三、被告人の当公判廷における供述、前記白石証人の供述記載、押収の日記帳(証第一号)の記載に徴すると、同日記帳は昭和二十四、五年当時同組合の職員であつて事実上組合の金銭出納の事務を掌つていた故遠藤六重の記帳にかかるものと認められるところ、之によれば、同日記帳には組合員等に対し、金員を支払つた如く記載せられているに拘らず其の支払をせず、又金員貸付の事実がないのに、貸付をした如き記載が多々あることが窺われる。右は前記遠藤の記帳の杜撰か乃至は故ら事実を糊塗隠蔽しようとの意図の下に為されたものと認めるの外はない、しかしながら遠藤が何故斯る手段に出たのか、故ら斯る手段を採つたとすれば捻出したであろう金員を何時何処で、どのような方法によつて被告人に引渡されたか、遠藤と被告人間の関係はどうか、被告人が横領したとすれば、どんな方法で行われたか等、換言すれば日記帳の記帳漏等と被告人の横領行為とを結びつける証拠は後記遠藤メモを除いてはない。

これは恰も被告人が組合の常務理事であつて組合の金員の保管義務があるから、その在任中生じた赤字は被告人が横領したのだと言うに等しい考方である。

四、いわゆる遠藤メモ(覚書証第二号)は被告人の当公判廷における供述、その他の証人の供述記載等によれば、亡遠藤六重が生存中に作成したものと認めることが出来る。しかしながら同メモは文書の作成年月日も、作成者の署名捺印もなく、また文書としての形式が整つていないのみならず、同メモが作成せられるに至つた経緯すら必ずしも明かではない。それのみでなく同人は被告人の横領については、刑事上及び民事上利害相反の立場にあつた、たとえば民事について言うならば、被告人の横領額の増加は、それだけ遠藤の組合に対する責任を軽減することになる筋合だからである。又公訴事実第二の如く両名共同の不法行為だとすれば組合に対しその損害を連帯して負担することとなるが、後日両者のうちの一人が組合に弁償したとすれば、右両名間の求償関係においても利益が相反することとなる。従つてこのようなメモは信用性に関する情況的保障があるとは言われないから、之を採つて被告人有罪の証拠となし難い。

五、之を要するに日記帳、メモ、等いずれも前記の理由から被告人有罪の証拠とはなし難く、又各証人の証言(或いは証人の供述記載)は、前記日記帳、メモ等の物証の正確なることを前提にし、之を基礎とし、その説明に終始するのみであつて、独立(或いは他と綜合して)して被告人の検察官等に対する自白(甚だ粗笨ではあるが)を補強するに足りる証拠はない。従つて被告人に本件嫌疑なしとはしないが、現段階における検察官の捜査と、そしてその立証とを以ては被告人を有罪とは断じ難いし、職権による証拠調も数年を経た今日証拠資料分散し不可能である。

よつて刑事訴訟法第三百三十六条によつて被告人に無罪の言渡をする。

(裁判官 菅家要)

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